placebo

展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

雪の日を越えて

催事真っ最中のため、3連休もバリバリと仕事をしていました。
雪予報に怯えつつ、なんとか心と身体のバランスを取ることができたのでほっとしています。

去年の1月、雪が降ると聞いたときの絶望感は未だに忘れられません。

雪の日の中、いま思えばしょうもない書類を出しに本社に行って帰りに駅で足留めを食らったときの虚しさや怒りも、まだ私の中に燻っています。

そして、すぐさま次の日のことや店舗のことを考えなくてはいけないと判断した瞬間の、脳がヒートアップしてぐちゃぐちゃになったような感覚も拭えずにいます。
周りに当たり散らさないと発散できない程のひりついた感覚は、別の仕事をしている現在もまだ振り払えていません。

タスクに押しつぶされてひりつかないためにも、現職ではあえてルーティンを決めずに仕事をしていますが、やはり未だにオンとオフの切り分けが上手くできず、藻搔いています。
家事とか全然できてませんし…

前職での日々を決して憎み切れない自分がいるのも事実です。
あの日々での思考法がいまの仕事でも求められていることを踏まえると、どこか「それでもあれは私にとっての青春だったかもしれない」などと、頭の中で、心の中で、都合よく変換しているのかもしれません。

糧になったとまでは言いませんし、こんなはずじゃなかったとも思っています。
特に結婚に関しては…もっと、なんか、違うよな、と思いつつ悶々としています。
この辺りはまたじっくり向き合ってそのうち書こうとは思っています。
なお夫がどうこう…とかではなく、周りの妻になった友人達を見ていて気持ちがざわついているというだけの話です。
しかしながらこれだけで何記事かいけそう。

それでも、自分自身の生きた時間を否定したくはないという気持ちは、1番調子の悪かった、適応障害と診断されてすぐの時期からもずっと思っていました。

それは前の仕事をすると決めたのも、休むと決めたのも自分だからです。
最後は自分の人生は自分で引き受ける心づもりでいたいと思っています。
だから、いまの仕事もできる限り長く続けられるように、しっかり自分の様子を見つめていきます。

まだ催事は残っているのですが、雪の日を2回も乗り越えられたなと気づいたのでだらだらと感じたことを書いてみました。

まあ、眠すぎてマンガのように駅の柱に正面衝突したり、立てないほど眠くて売り場で瞬間的に気を失ったりと、前職での体調が怪しかった時期と同等レベルのやらかしはありますが、何とかにこにこ接客できているのでよしとします。
私、雪との相性があんまり良くないんですかね。

そして前回書いた耳の不調は耳鼻科でもらった塗り薬を塗ったら一瞬でかなり綺麗に治りました。
ステロイド入りの薬ってすごいですね。
いまは髪を耳にかけてもまあ大丈夫くらいまで回復しています。

耳鼻科の先生には「痛々しい」を連発されたため、なんだか泣きたくなってしまいました。
痛々しくなる前に、ちゃんと自分のことを気遣ってやらないといけないですね。