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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

フィリップス・コレクション展@三菱一号館美術館

三菱一号館美術館のフィリップス・コレクション展に行ってきました。
公式はこちら

写真撮影可能なエリアがあります。
ピエール・ボナール展も行きたいんですけどなかなか時間的・体力的な余裕がなく指を咥えています…

「全員巨匠!」というキャッチコピーがついていますが、随一のコレクターの眼差しを体験できるという点の方に意義がある展覧会であると思いました。

ダンカン・フィリップスとその妻で画家のマージョリー・アッカーが、それぞれの作品や画家たちにどのような価値を見出したのか。
またどのような美術史上の「繋がり」や「意義」を見出したのか。
その都度ダンカン・フィリップスのコメントがパネルで展示されていることもあり、全ての展示を観た時にコレクションとしての美学がくっきりと浮き上がるようになっています。

モンティセリとゴッホ

この展覧会には2点ゴッホの作品が来ていますが、それよりも興奮したのがモンティセリの《花束》です。


アドルフ・モンティセリ《花束》1875年頃、フィリップス・コレクション
Monticelli Sends a Brilliant Bouquet to Van Gogh by | The Experiment Station | The Phillips Collectionから引用しています。
「モンティセリはゴッホに華麗な花束を送った」という素敵な題名がついています。
brilliantの訳し方に悩みましたが、「輝くような」も良かったかもしれません。

モンティセリとゴッホの関係性については以前の記事でも取り上げています。

先のブログによると、ダンカン・フィリップスはモンティセリとゴッホについて1954年に以下のように書いているとされています。

“How could we have failed to see that Monticelli at his best . . . is the link connecting the Romanticism of Delacroix with the Expressionism of Van Gogh and with all subsequent Expressionists down to our own day? It was Van Gogh himself who first sensed this truth.”

どうして私たちはモンティセリ自身の最良の作品を見せてもらえなかったのでしょう…それはドラクロワロマン主義ゴッホ表現主義を結びつける繋がりです。この真実を最初に感じたのはゴッホ自身でした。

Google翻訳でニュアンスを取ってからのほんのり意訳気味ですが、だいたいこんな感じのことだと思います。
会場の展示では「ドラクロワロマン主義と、ファン・ゴッホ以後現代に至るまでの全ての表現主義とを結びつける」というコメントがついていました。

まさかモンティセリの作品を生で観られるとは思っていなかったので嬉しかったですね。
どっしりとした厚塗りと暗い中の様々な色彩を感じ取ることができました。
自分で書いたブログの引用にはなりますが、ゴッホが「モンティセリのイメージ」をずっと胸に抱いていたことはやはり事実なんだろうな、ということを改めて認識できましたね。
またひとつ私の中のゴッホ観を更新することができました。

このような「繋がり」はゴッホとモンティセリの例に留まらないため、ほぼ全ての作品に美学を感じることができます。
元々コレクションを展示する前提でコレクションを構築したということもありますが、そのような「繋がり」に価値を見出しているダンカン・フィリップスの慧眼はかなりのものであると感じました。

あと好きだった作品はロジェ・ド・ラ・フレネの《地球全図(エンブレム)》とゴーギャンの《ハム》です。
《地球全図》の「他のキュビズム作品には見られない明瞭さを獲得している」という解説が面白かったですね。
ジョルジュ・ブラックピカソの作品も数多く来ているので見比べてみると楽しいと思います。

《ハム》は言わずもがな題材がユニークです。

ポール・ゴーギャン《ハム》1889年、フィリップス・コレクション
Web gallery of Artより引用しています。
やっぱり何度見ても題材がいいですよねえ…無条件に好きだなあ、面白いなあと思います。

ちょっと手元に写真がないのですが、モンティセリの《花束》と合わせてこの2枚はポストカードを買いました。
今回の展覧会はポストカードの種類がとても多いのも嬉しかったですね。

やっぱり立ち返る「芸術とは何か」

最後に、今回の展覧会の最終章「ダンカン・フィリップスの遺志」のキャプションに載せられていた言葉を紹介します。

絵画は、私たちが日常生活に戻ったり他の芸術作品に触れたりしたときに、周囲のあらゆるものに美を見出すことができるような力を与えてくれる。このようにして知覚を敏感にするよう鍛えることは決して無駄ではない。私はこの生涯を通じて、人々がものを美しく見ることができるようになるために、画家たちの言葉を人々に通訳し、私なりにできる奉仕を少しずつしてきたのだ。

とても素敵ですよね。
このブログでもずっと考え続けている「芸術とは何か」という問いに対するひとつの、とても美しい答えであると私は思いました。

このところアートとビジネス絡みで何となくざわざわした雰囲気を感じています。
私個人の感覚としては、役に立つかどうかという視点や、何か得るものがあることを前提にして芸術やカルチャーに触れるのはちょっと野暮な気もしますけど、まあ美術界隈が盛り上がって経済が回ること自体はいいことだとは思いますね。

ただなんというか、教養主義みたいな感じになるのは嫌だなあとは思います…私自身も時々陥りがちではあるので気をつけたいところではあります。
知識量で殴り合いみたいなのは好まないですね。
マウンティングの道具になったり、会社の研修に組み込まれたり、とかになってくるとちょっと違和感が出てきますけどそれはまあ私の考えすぎですね。

ちょっと脱線しましたが、フィリップス・コレクション展の感想でした。