placebo

展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

100記事目:適応障害/双極性障害と「芸術」のこと

おかげさまで、この記事がplaceboの100記事目です。
適応障害(双極性障害)と展覧会、時々読書記録という雑多なブログですが、読んで下さる方々がいることが大きな励みになっています。
本当にありがとうございます。

100記事を機に、このブログのエントリをひとつずつ読み返してみました。
今回は、このブログの遍歴を振り返りながら、たびたび罪悪感として襲ってくる「休職中にお出かけ問題」を、再び振り払おうと思います。

展覧会の感想を言語化するという休み方について

まず、展覧会の感想をエントリとしてきちんとまとめることができるようになるまでに2ヶ月くらいかかりました。この展覧会は仕事をしていた時からもどうしても行きたかったので無理やり身体を引きずって行ったのですが、ここでの体験がいまの「展覧会に行って感想を書く」という私なりの休み方に繋がっているように思います。

ひとつのエントリとしてまとめられた時は本当に嬉しかったんですよね。
それまで動かせなかった部分の心と頭が、ほんの少しですがカチリとハマったような気がしたのを覚えています。

この記事以後、自分の気持ちを見つめて書き残すことが自分にとっての癒しであるということに気づきました。

じゃあ自分の気持ちを動かすものは何か、と考えた時に真っ先に浮かんだのが展覧会のこと、それから読書や映画、音楽なども含めた「芸術」でした。

ただ、精力的に展覧会に行けるようになったのは5月後半くらいからでしたね。
初めは読書も音楽もキツかったですが、夜に聴く音楽から少しずつ心を動かすことに身体がついてくるようになったのかな?と思っています。

Predawnにはいまも眠る時にお世話になっています。多少調子が悪くても「芸術」、とりわけ展覧会にこだわる理由は、まず、外出することで社会と繋がっていたいという感情があるからだと思っています。
そして「芸術」に触れることで、人間の営みに自分も連なっていることを確認できて安心できているのではないかな、とこの頃感じています。

「逃げ道」があって良かった

言い方を変えれば、「芸術」もブログも、私にとっては心のことや仕事のことを考えすぎないための「逃げ道」です。
ですが、それがなかったら私はどうなっていたかわかりません。
色々な方のブログを読ませて頂いて、やはり心と身体の休め方はそれぞれなんだなと感じています。
なので、私はこの「逃げ道」を全力で行くつもりです。

あとやはり、適応障害は決して甘えではないということは声を大にして書き続けたいなと思いますね。
私は病名が適応障害から双極性障害に変わりましたが、これからも変わらず、「心の不調」は決して甘えではないと伝え続けたいです。以前も書きましたが、「人それぞれの『休む』についてどうこう言ってくるような他人」はいまの辛さをなんとかしてくれる人ではないんです。
なので、自分の心と身体は自分で癒してハンドリングしていきたいです。自分のことに関してはまだまだ色々な問題が山積みなのですが、ひとまず、「芸術」を通して仕事のことや先のことをひと時でも忘れることができる心の体力や、文章として形に残すための集中力、そして感性が戻ってきたことを喜ぼうと思います。
クリエイティブな人間ではないけれど、クリエイティブに助けられていること、世界の解像度が上がった時にぐっと自分の気持ちが上がるということを少しでも書き残していきたいです。

以上、100記事の記念?というか、これまでの振り返りと休職へのスタンスの再確認でした。
雑多なブログではありますが、今後ともお付き合い頂けたら嬉しいです。