placebo

展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

「身の丈に合わせよう」

エキストラの一件を終えた後、「身の丈に合わせよう」という言葉がふと頭の中に浮かびました。
今回は、この言葉について考えたことを書きたいと思います。


ずっと嫌いな言葉でした

「身の丈に合った〇〇」というフレーズはずっと嫌いなフレーズでした。
なんとなく、成長や挑戦を諦めているようなイメージがあったからです。
なので誰かに「身の丈にあったことをしようよ」的なことを言われるのはとても嫌でしたね。

色々と思い返してみたのですが、「挑戦する道があるなら必ず挑戦しないといけない」というようなことは高校生くらいの頃からずっと感じていました。
なんとなく両親、特に父の最大の賞賛の言葉が「賢い」であることと関係するような気もしますけど、両親との仲は良好なので、自分の元々の資質そのものもそんな感じなんだと思います。

上を目指す道があるならそれを目指さないといけないと思い込んでいたんですよね。
勉強なら少なくともトップ群にはいないといけない。
仕事の場合、社員から副店長、店長にそれぞれ一発で合格しないと仕事をしている意味がない。
音楽の場合なら首席を目指すのが当然、みたいな感じで生きてきました。

これで成果が伴えばいいんですけど、実際のところはどれも全然ダメで、副店長試験も初回は落ちるし首席もできる器じゃありませんでした。
勉強はトップ群の下の方にひっついていたくらいですね。

出来が良い人、すごい人、尊敬する人は周りにいっぱいいました。
でも、何とかして何かで自分が1番になりたかったし、名のある何かにずっとなりたかったのだと思います。

そしてそれが結局のところ、自分で自分をずっと「やればできるはず」と過大評価することになり、最終的に自分を追い詰めていたのかなと思います。
もしかしたら他人も追い詰めていたかもしれませんね…

休職して、立ち止まってみて思うこと

休職を機に、立ち止まってこれまでのことを考える時間が増えました。
そうして思うのはまず、これまでの自分の考え方は「名前は付いていないけれど良きプレイヤーでいる人達」に対してめちゃくちゃ失礼だったという反省です。

役職名や成果にとらわれていて、目の前の仕事を一生懸命に真剣にやっている人のことをちゃんと見ていなかったし、むしろ無意識に勝手に見下してたような気がします。

さらに言えば、役職がある人の苦労も知らずに、本当にただ「すごそうだからなりたかった」だったんですよね。

芯があって役職を目指す人はもちろんかっこいいです。
でも私には芯がなくて、ただ単に肩書きが欲しいだけだったんだなと…きっと能力以上に、周りの人にもそういう態度が出てしまっていたから、私はこれまで選ばれなかったんだと思います。

「身の丈に合わせられる人」はどんな人?

「身の丈に合わせられる人」は多分、等身大の自分を肯定している人であり、自分に求められている「役割」を過不足なく受け止められる人なのかなと思います。

自分が「役割」を切り替えることが苦手だという自覚はあったので意識的にダウンタイムを取ることは心掛けていました。
でもそれだけでは足りなかったみたいです。今回の休職で少なくとも「仕事上の役割」はいったん外すことができました。

恐らく自分の人生にとって、今回の休職は「役割」としっかり向き合う機会なんだろうと思っています。
自分のこだわり、しかも無意識かつ負のこだわりと向き合うのは正直しんどいです。

でも、休職していなかった場合のifに考えを巡らせた時、その自分は肩書きで人に期待しすぎたり、軽んじたりするようなすごく嫌なやつになっていたんじゃないかと思います。
だからやっぱり、もう仕事に行けないという心に従った自分のことは肯定したいです。

この休職で、自分は「役割」にものすごく振り回されるのだ、という傾向に気づけたので、まずは誰に何と言われようと、今回の立ち止まれたこと、「役割をいったん外す選択をした」自分を、この先もちゃんと認めて褒めたいと思います。

そして、次の場所では「身の丈に合わせられる人」をまずは目指したいです。
自分自身は上手く「役割」との距離感を掴むこと、そして周囲の人を「役割」だけで見ないことを心がけようと思います。