placebo

展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

焦燥感の在処を掘り下げる

今回は6月を振り返りつつ、自分の中でのキーワードと思われる「焦燥感」について向き合ってみたいと思います。


焦燥感に振り回された6月

基本的に調子が良かろうが悪かろうが、焦燥感にはいつも悩まされています。

試しに通院記録をきっちり残し始めた6月を振り返ってみても、焦燥感由来で結構めちゃくちゃなことやっているなあと思います。

食品衛生責任者講習に行く
労働基準監督署に行く
・会社との面談
・髪の毛を切る
・大阪弾丸旅行
・演奏会のスタッフ
・展覧会5つ+イベント1つ
・演奏会のエキストラを引き受ける

やっぱりめちゃくちゃですね。
これだけ「何かしてる」のに焦燥感が出るって、いったいどういうことなんでしょう。

2種類の焦燥感とデススパイラル

6月の様々な出来事を振り返ってみて調子が比較的良い時と悪い時で焦燥感の質が違うのでは?という可能性に気づいたので、その線で考えてみました。

比較的調子が良い時=感情が凪ぐ

自分には何もなくなってしまうという焦燥感が出てくる

先の予定を入れる

予定が想定通りにこなせないという焦燥感で苦しくなる

予定が終わる

また感情が凪ぐのが怖くて違う予定を入れたくなる

だいたいこの繰り返しで6月の色々な活動は説明できるかなと思います。
結局、凪で止まる勇気がないんですよね。
だからデススパイラルに陥るんだと思います。

凪で止まるにはどうしたらいいのか

考えてみたのですが、やはり働いていないことが自分の中でものすごく後ろめたいのかもしれません。

「仕事のできる人」という理想像は、適応障害と診断されてからはとっくに手放したはずなんですけどね。
あ、でも「なんやかんやいきいき仕事をしている人」という理想像はまだ捨てられてないかもしれません。

多分、いまも仕事に100%自分の価値を預けきってしまっているんですよね。
それを完全に家庭にスイッチするのも厳しいので、やっぱりある程度は仕事に価値を預けたい気持ちはあります。

100%仕事に自分の価値を預けると心と身体のバランスが崩れるというのはこの休職で痛感しましたし、趣味に預け過ぎるのも痛い目に合いそうなので、社会復帰した際には、仕事・家庭・趣味やそれ以外のことで上手く預け先を分散させたいなとは思っています。
早くいまの会社と縁を切って再スタートしたいという思いも、焦燥感に拍車をかけているのではないかと疑っています。
労基署に相談したものの、どこまで戦うかというのも悩みどころでして…早く足を洗ってしまった方が断然ラクなんですけど、やっぱり自分の利益以上に会社の異常な状態を捨て置けない気がするんですよね。
誰かがやらなきゃいけないんじゃないの?っていう義憤めいたものが、かえって自分を苦しめているのかもしれません。

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仕事が決まれば少しは救いになるのかもと思い、これもまた勢いで来週に1つ説明会と面接を入れています。
ですが、いまの焦燥感にも手を焼くような状態が続くようなら、辞退した方がいいのかもしれないですね。正直とても迷っています。

できることなら是非ここで働きたいと心から思える会社の面接なのですが、その分余計にダメだった場合と通った場合のどちらを考えてもしんどいような気がするんですよね。

まあ、落ちた場合のダメージは体調もイマイチだったしいまはご縁がなかったんだろう…でいつかは流せるかと思うんです。
むしろ通った場合の方が実は危ないんじゃないかと思っています。

現状、社会のタスク(夫以外との他人とのタスク)ひとつであっぷあっぷしている状態の自分がいきなりアルバイトとはいえフルタイムで9月から働けるかというと、やっていける自信はまだないです。
そういう「やっていけるという自信」って、どうやって取り戻したらいいんでしょうね。

タスクの分析はこちら。とりあえずやってみる精神でここまで生きてきた結果、こういう事態になっているので、ぼちぼちそれ以外のやり方も人生転ばないために覚えなきゃいけないなとは思っているんですよね…
転んじゃったことは仕方ないとは思ってますけど、結婚している以上、やっぱり夫から見てパートナーにまた転ばれるのは困るだろうなとは思うので、なんとかしたいなと思っています。
いまの時点ですでに、夫には「騙された」と言われたとしても私は釈明はできないなと思いますし…引け目はありますね、やっぱり。
なので今後のためにも、なるべく転ばない術を早いところ身に付けたいです。
まずは自分のキャパは思っているよりもずっと小さいということを自分自身で認識するところからですかね…