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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

ミケランジェロと理想の身体@国立西洋美術館

ミケランジェロと理想の身体展@国立西洋美術館の感想です。
労基署の帰りに寄ってきました。
平日の閉館1時間半前という滑り込みだったので、混雑はなく快適に観ることができました。

閉館時間で強制的にデッドラインを決めると、案外集中力が高まった状態で情報の取捨選択ができるので、実は嫌いじゃないんですよね。
確実に人混みも避けられるので、絶対にお土産が欲しい展覧会でなければおすすめの作戦です。

公式サイトはこちらから。

ミケランジェロと理想の身体 ‐ 国立西洋美術館

今年はルーヴル美術館展@新国立美術館、ヌード展@横浜美術館で、いままでは個人的にあまり関心のなかった彫刻というジャンルにも足を運ぶことに挑戦しています。
以前に名作誕生ーつながる日本美術展@東京国立博物館で日本美術のガイドをお願いした友人に「馴染みのないジャンルは結局実物をたくさん観ないと分かるようにはならない」と教えてもらったのもあり、西洋東洋問わず意識して彫刻と向き合っていますが、やはりちょっとずつ面白さや見どころが分かってきたような気がします。

今ならちょうどルーヴル美術館展と比べることができますね。
ルーヴル美術館展は彫刻も結構出品されていますが、ギリシャ美術の神々へ理想の身体を与えるという「お約束」な傾向から始まり、時代を下るにつれて徐々に個性を映し出しながらも「お約束」を利用していく様子が分かりやすいんじゃないかなと思います。
一方でエジプト美術は、案外庶民の描写に関しては個性的で別のベクトルを向いていて興味深いとか、そういうのを比べるのも楽しい気がしますね。
私も両方観てみて、もう一度ルーヴル美術館展に行きたくなりました。

自分なりの彫刻の捉え方「後ろから眺める」作戦

彫刻をメインに持ってくる展覧会も3つ目になると、だんだん自分なりの捉え方の作法みたいなものが出来てきたように思います。
私の場合は「気になった作品は可能ならとりあえず後ろを眺める」ですね。

今回後ろから眺めてみて面白かったのが《プットーとガチョウ》です。

《プットーとガチョウ》1世紀半ば、ヴァチカン美術館

帰宅してからひとまず、いつもの『オックスフォード西洋美術辞典』『西洋美術解読辞典』でプットーを引いてみました。
プットーとは小さな男の子、幼児を指します。
そもそもの由来がクピド(愛の神)から発展しましたが、子どもを題材にしたものには何でもプットーと言えます。
子どもの可愛らしさそのものが好まれて古典や古代の時代から教会の装飾美術に使われますが、それ故に時代が進むにつれてケルビム(智天使)との区別が曖昧になっていくようです。

というわけで若干由来がややこしいんですけど、ひとまずこの作品は時代的に単純に小さな男の子ということでいいんじゃないかなと思います。
展覧会の解説によると、プットーとガチョウという組み合わせはヘレニズム期に噴水飾りに好んで使われていたモティーフなんだそうです。

子どものいわゆる「ちぎりパン」的なぽちゃぽちゃした可愛さが魅力ですが、これは現地でぜひ後ろ側の子どものお尻とガチョウのお尻を対比してみて欲しいです。
子どものお尻の柔らかな質感への気合の入り方と、ガチョウのお尻の羽の部分の形式的に作った感じの落差が結構激しくて面白いなと思ったんですよね。
ちょいと雑なガチョウに比べて子どものお尻の再現度は素晴らしいので、明らかに主題は子どもの肉体の可愛らしさなんだなというのがはっきり分かります。

《ラオコーン》も後ろから眺めてみる

今回の写真撮影が可能な作品《ラオコーン》も後ろから眺めてみました。


《ラオコーン》ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ
1584年頃、個人蔵(会場で撮影)

よく考えたら逆側、後年の修復の際の創作であると言われるラオコーンの振り上げた右腕の接着部分が分かる方から撮ればよかったです…
蛇なのか腕なのか一瞬分からなくなる絡み具合が後ろから観ると感じ取りやすいかなと思います。
これが1つの石の塊から出来てると思うとかなりすごいことですよね。

芥子の花シリーズを見つける

いつものことながら、なるべく目玉の作品以外の話がしたいという裏目標でブログを書いているので、今回の目玉であるミケランジェロ約40点のうちの2点、《ダヴィデ=アポロ》《若き洗礼者ヨハネ》は現地で解説も含めて観てもらえればいいかなと思います。
どちらもすばらしいのですが、《若き洗礼者ヨハネ》の修復の様子の解説パネルは興味深かったですね。
修復した欠損部分はマグネットでくっつけていて、もしまた別の破片が見つかればいつでも差し替えられるようになっているそうです。

で、今回私が紹介したいのが、個人的に気にしている芥子の花シリーズとして見つけた小品《ヒュプノス》です。

ヒュプノス》、1世紀、フィレンツェ国立考古学博物館

ヒュプノスギリシア神話における「眠り」の擬人神です。「死」の兄弟で共に「夜」(ニュクス)を母とします。
「眠り」のヒュプノスは翼を持ち、夜に行動する梟と古代から催眠効果が知られていた芥子の花が持物となっています。
(「これは誰某さんですよ」というのを表す特定の持ち物=持物)

かなり小さい作品なので分かりにくいんですけど、左手に欠損した芥子の茎を持っており、頭の羽の横に芥子の花そのものが飾りとして付いているので、この像がヒュプノスだと特定できます。
ちょっとこの画像だと分かりにくいかもしれませんが、頭の左側の部分に芥子の花が付いていたので、ぜひ現地で探して観てみて欲しいです。

こちらの記事でゴッホ・モネ・ルドンの芥子の花をそれぞれ紹介しています。
美術において、少なくとも1世紀にはヒュプノスの持物として意味のあった芥子の花が、時代を下るごとにだんだんと意味を失い、19世紀後半には画家ごとに表現方法に差が出てくるというのが面白いですね。

ヴァザーリ『美術家列伝』が観られます!

もうひとつ個人的にテンションが上がったのが、西洋美術史を学ぶ中で恐らく一度は耳にするであろうヴァザーリの『著名画家・彫刻・建築家列伝』、通称『美術家列伝』の本物の展示です。
色々勉強する中で出てきたものの現物がちゃんと残っているという事実そのものにかなり感銘を受けました。

今回は、1568年の増補版のミケランジェロの葬儀の場面が開かれて展示されています。

ちょっとこれは予想していなかった展示物だったので、なんだか自分のやってきた学びと展示がしっかり繋がった気がして嬉しくなりました。
でも『美術家列伝』の肝心の中身そのものは授業で必要な箇所を先生がピックアップしたものを読んでいただけなので、これもゴッホの書簡と同様に、一度は腰を据えて通読したいリスト入りです。