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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

小川洋子『博士の愛した数式』:それでもきっと世界は美しい

#名刺代わりの小説10選、今回は小川洋子博士の愛した数式』です。

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

【いままでの振り返り】
西の魔女が死んだ:梨木香歩
キッチン:よしもとばなな
蜜蜂と遠雷:恩田陸
ジヴェルニーの食卓:原田マハ
グアテマラの弟:片桐はいり
博士の愛した数式:小川洋子
ロマンス小説の七日間:三浦しをん
僕と先輩のマジカル・ライフ:はやみねかおる
鹿男あをによし:万城目学
勾玉三部作:萩原規子

やっと折り返しました。
博士の愛した数式』は第1回本屋大賞を受賞してるので、読んだことのある方も多い作品かもしれませんね。
Twitterでも10選に挙げている方が多かった印象です。
なので今回は細かい内容ではなく、この作品の私の好きな一節から話を始めたいと思います。

閃きという名の祝福

その時、生まれて初めて経験する、ある不思議な瞬間が訪れた。無残に踏み荒らされた砂漠に、一陣の風が吹き抜け、目の前に一本の真っさらな道が現れた。道の先には光がともり、私を導いていた。その中へ踏み込み、身体を浸してみないではいられない気持にさせる光だった。今自分は、閃きという名の祝福を受けているのだと分かった。

閃きという現象が、こんなにも美しい言葉で綴られています。大好きな一節です。
日頃私はそれこそ発想や閃きを大切にしているつもりですが、この一節を読んでしまうと、まだまだ捕まえきれていなかったなあ…と頭を垂れる思いです。

神様の手帳の重厚さ、創造主のレース編みの精巧さ

派遣の家政婦である「私」は、複雑な数式や定理を度々レース編みに例えます。
一方で数式を発見していく博士は、その数式や定理は神様の手帳を覗き見て一行ずつ書き写してゆくようなものだ、と語ります。

「私」は図書館でフェルマーの最終定理について調べ、神様の手帳の重厚さ、創造主のレース編みの精巧さに思いを馳せます。

博士の控えめな振る舞いは「僕の記憶は80分しかもたない」という自らの境遇がさせるというよりも、自らは神様が作り出したものを盗み見させてもらう立場に過ぎないと思っているからではないかと思います。

一方で周囲の人物、特に「私」の息子ルートや子どもに対して優しく、庇護者としての態度を見せることについては周囲の人々も神様が作り出した美しいものの一部だと考えているからではないでしょうか。

閃きや直感という、自らではどうにもならないものを頼りに神様の手帳を垣間見たからこその考え方・振る舞いなのかもしれませんね。

世界はきっと美しい

私は数学が壊滅的に苦手な学生でした。
マイナスで若干つまづき、文字式が出てきた時点で諦めの境地に辿り着いたまま今に至ります。
場合の数と確率などもいまひとつ理解できていません。

けれどこの本を読むと世界は自分が知らないだけで美しさに満ち溢れていると信じたくなります。

無論、実際はそんなことはありません。
「私」とルートを捨てた父親は活躍する一方で、「私」とルートの2人暮らしの生活は苦しいし、博士の記憶は80分しかもちません。
テーブルクロスのレース編みはケーキで汚れてしまうし、最後には博士と「私」、ルートにも静かな別れが訪れます。

それでも閃きの眩しさや思い出ー博士との80分しかもたないはずの思い出ーが、一瞬でも現実を照らすことがあります。
星々が雲の上からでもそっと夜を照らすように。
嗚呼、現実は辛いし分からないことだらけだけど、それでもきっと世界は美しいんだな、と思いたくなるような瞬間がたくさん散りばめられた作品です。

おわりに

この#名刺代わりの小説10選 では、挙げた作品の好きなところ、素敵なところを伝える文章を書きたくてやっています。
でも今回はなかなか難しかったですね。
筆者の表現の精緻さに敵わなくて、何を書いても蛇足になってしまうような気がしました。
美しく、完成された作品だと思います。