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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

幻冬社大学 『ゴッホのあしあと』刊行記念!原田マハが迫る!ゴッホの新たな人間像とは!?に行ってきました

縁あって、私の大好きな原田マハさんが大好きなゴッホを語るという、なんともスペシャルなイベントに参加することができました!

原田マハさんが語る『ゴッホのあしあと』【先着100名限定】<【幻冬舎大学】大人のためのカルチャー講座>幻冬舎編集部 - 幻冬舎plus

このイベントを見つけた日は体調がすこぶる悪くて、横になってスマホを弄るくらいしかできなかったんですけど、イベントを見つけた30分後には申し込みを済ませて電子書籍の『ゴッホのあしあと』をカフェで読み始めるという驚異の瞬発力を発揮しました。
そのくらい私にとってテンションが上がるイベントだったんです…ご縁ってすごいなと思いましたね。
恐らく休職していなかったら、このイベントを見つけても予定の後先を考えちゃって参加まで踏み切れなかったと思います。

最前列確保に成功する

集合時間の5分前に会場に着いたのですが、幸いなことに、最前列に座ることができました。
写真の角度よりも真ん中寄りです。
5mもない距離でお話が聞けるという事実に座ってから気づいて、待ち時間の間に謎の冷や汗をかきました。

講演会の内容のざっくりまとめ

今回は幻冬舎から出た『たゆたえども沈まず』と、その取材ノートである幻冬舎文庫の『ゴッホのあしあと』をベースに話が進められました。

1870-1920年頃、モダン・アートのスタープレイヤー達がパリを中心に活躍した中で、アートマーケットの場にいた日本人・林忠正を調べるうちに出てきた事実1886年林忠正ゴッホ兄弟は同じパリの空の下にいた」を起点に展開された史実ベースのフィクションが『たゆたえども沈まず』です。

印象派やポスト印象派の画家がなぜアカデミーから非難されたのかや、モダン・アートの目覚めの背景にあったパリ激動の時代の振り返りなど、美術史的な話も分かりやすい解説があって面白かったです。

そしてゴッホの晩年の4年間(1886-1890年)の動きのおさらいもありました。
そしてこの濃密な4年間を踏まえての原田マハさんのゴッホの足跡を辿る取材の様子が写真付きで紹介されました。
サン=レミの鉄格子のついた二畳程度の部屋を見た時、マハさんはゴッホの画家としての強靭な精神力を感じたと話していたのが印象的でした。

さらにゴッホの死後に各地へと散っていったゴッホの作品を追いかけた、アムステルダム、オッテルロー、ロンドン、ニューヨークの写真も公開されました。

印象に残ったのはアムステルダムのファン・ゴッホミュージアムにコレクションされている色とりどりの毛糸の束の写真でした。
ゴッホは色の組み合わせを見るために毛糸を使っていたそうなのですが、それが現在まで残っていて展示されているんです…ロマンですね。
やはり色とその組み合わせにはこだわりがあったようですね。

質問をさせて頂きました!

これもまた運良くなのですが、質疑応答で指名してもらえたので原田マハさんと直接お話することができました…卒論で《星月夜》を選んだ話もさらっとですが伝えられたので、なんかもう生きててよかったなと思いました。
私の質問は「パリ・アカデミーの重鎮ジェロームは創作では権威主義に書かれがち問題について」です。
やはり小説家としてはゴッホ兄弟や林忠正の側、印象派の側を際立たせようと思うとアカデミー側はどうしても権威主義に書いた方がコントラストが強まるのでそうなりやすい、とのことでした。

話の流れで図々しくも、ぜひ原田マハさんの作品でジェローム側の話も読んでみたいです!とお願いもしてしまいました。
苦労人の話になりそうと仰っていましたけど、ファンとしても、美術史を学ぶ者としてもとても読んでみたいテーマです。

まるで運命のような時間

学生時代のある瞬間にゴッホの《星月夜》に興味を持ち、卒論の題材に選んでからかれこれ5年以上経ちました。
ゴッホの情念の強さ、画家としての芯の強さに惹かれたからこそ、今も他の画家の作品を観て考えるために展覧会に通っています。

今回のイベントでマハさんがゴッホへの旅路を共有して下さったことで、私もその旅路を追体験できたような気がします。

読書が好き、原田マハさんが好きという気持ちと、美術が好き、ゴッホが好きというそれぞれの長年の「好き」が結晶化したような、まるで運命のような時間を過ごすことができました。
今もまだちょっと信じられないくらいです。
好きなものを好きだと言い続けることって、時々こういう奇跡を連れてくるんですね。
いつか私も自分の足で、少しでもゴッホゴッホの作品の旅路を辿ることができたらいいなと思いました。