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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

『スイミー』:面白いものを見て元気を取り戻そう

小学校の2年生で習う『スイミー』のことを覚えていますでしょうか。
今日は『スイミー』と適応障害で休職中の過ごし方についての話です。

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

私は、適応障害は甘えなんかじゃない、休み方や心の癒し方は人それぞれでいい、とこのブログ上で宣言しています。

仕事を休んでいるのにガンガン出掛けているので、会社の目や社会の目、他人の目が気になることもあります。
というかいつもそこを堂々巡りしています。
なので堂々巡りした時に自分で読み返せるようにこの記事を書いて対外的に宣言したんです。

「休職したことで展覧会や講演会に行く時間を貰ったと思って多少は開き直ってきたけど、まだ他人の目が気になって罪悪感に押しつぶされそうになるんだよね」と母に打ち明けたところ、母が例え話として挙げたのが『スイミー』でした。

「おもしろいものを見るたびにスイミーは元気をとりもどした」

スイミー』は、赤い魚の兄弟の中に一匹だけ黒、だけど泳ぐのは誰よりも早い魚・スイミーが主人公の物語です。

ある日、スイミー以外の赤い魚の兄弟達は大きなマグロに食べられてしまいます。
一匹だけ逃げたスイミーは仲間を失い、「こわかった。さみしかった。とてもかなしかった」と思いながら暗い海の底をどこまでも泳ぎます。

「けれど、海にはすばらしいものがいっぱいあった」のです。
スイミーは泳いで行く中で、これまで見たこともない魚や綺麗なクラゲや長いうなぎ、イソギンチャクや伊勢エビなど、それまで見たことのなかった面白いものを見て元気を取り戻していきます。

私が自分の行動と逡巡を話した時に、母は「おもしろいものを見るたびにスイミーは元気をとりもどした」ってことじゃないの?と言って、展覧会巡りを肯定してくれたのです。

なるほど元気を取り戻す途中なら仕方ないなあ、と自分の行動がすとんと腑に落ちました。
これ、LINEの文章でのやり取りで良かったです。
ありがたすぎて号泣してたので電話だったら泣いているのがバレるところでした。

「それに、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとか考えなきゃ」

元気を取り戻していったスイミーはある日、岩陰にかつての兄弟達とそっくりな赤い魚達を見つけます。
スイミーは一緒に外で遊ぼう、面白いものがたくさんあるんだと赤い魚達を誘います。
しかし、赤い魚達は大きな魚が怖いからここに隠れていなければ、と言います。

そんな赤い魚達にスイミーが言ったのが「それに、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとか考えなきゃ」という一節です。

最終的に私が目指しているのはこの一節の状態です。
が、この一節の必要性と厳しさも痛感しています。
小2にしてずいぶん難しく厳しい文章を勉強していたんだな…と思いましたね。

ただ、スイミーがこの一節を言えるのはやはり「おもしろいものを見てだんだん元気をとりもどした」から、です。
だんだんというところがきっとポイントですね。
きっとスイミーもゆっくりゆっくり回復したんだと思います。だから焦らずいきましょう。

まとめ

また私自身が堂々巡りした時のためにも書きますが、やっぱり適応障害で休職になったら自分のやり方で休んでいいんです。

「人それぞれの『休む』についてどうこう言ってくるような他人」はいまの辛さをなんとかしてくれる人ではありません。

自分にとっての「面白いこと」で元気を取り戻しましょう。

そしていつか「なんとか考える」ための元気をゆっくりゆっくり取り戻しましょう。
私もゆっくり取り戻していきたいと思います。