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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

プーシキン美術館展②《睡蓮》&《サント=ヴィクトワール山》

今回は以前から書く予定だった、プーシキン美術館展の目玉作品、モネ《睡蓮》&セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》の比較系の話です。

それぞれ、最近までやっていたビュールレ・コレクション展と、2016年後半のデトロイト美術館展の作品と比較したいと思います。

全体的な感想はこちらから。

この展覧会はニコニコ動画で生放送を行ったり、VRイベントをやったりと、結構若い層に向けても盛り上げている感じですね。
どちらも見逃してしまったのですが、面白い試みだと思いました。

この比較の話は考えているうちになんだか寝かせ過ぎてしまった感があるので、画面だけの判断でさらっと書きます。

モネ《睡蓮》の比較


クロード・モネ《白い睡蓮》1899年、プーシキン美術館


モネ《睡蓮の池、緑の反映》1920-26年、ビュールレ・コレクション(iPhoneで撮影)

だいたい20年くらい間が空いています。
太鼓橋と睡蓮と木漏れ日から、睡蓮と水面に映る木々の緑というように画面内のモティーフは変化しています。
前期が空間や光の煌めきを捉えたかったとすると、後期はより視線を下げたピンポイントな場所の変化に関心があるように見えます。

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モネは白内障だった、など病理学的な見地から美術研究がなされることは結構有名だと思います。
病気がどこまで作品の制作過程や作品そのものに影響を与えたかは議論が別れるところではありますが、時には病気という「偶然」が時代を推し進めることがあるのかもしれないと、モネやゴッホマティスなどを観る度に思います。
(この辺りの病理学的な論文を探していたらドツボにはまったので、長い目でまた探してみようと思います)

セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》の比較


セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》1904-06年、デトロイト美術館(iPhoneで撮影)

あまりいい写真ではないのですが、実際はこんな感じです。実物はかなり小さいんですよね。


今回のプーシキン美術館展で来ていたのがこちら。

セザンヌ《サント=ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め》1905-06年、プーシキン美術館

筆致の大きさがかなり変化しています。
なんだか色合いの違いも含めて、同時期に書いたとは思えないくらいですよね。
デトロイト美術館の方は近景で朝焼けで木々にサント=ヴィクトワール山が溶け込んでいるように見えます。
一方、プーシキン美術館の方はやや遠景で木々の間から見える地の色や空に主眼を置きながら、山は空の方に溶け込んでいるという印象を受けます。

プーシキン美術館の《サント=ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め》の方が個人的には好みです。こんな空の色はあまりないはずなんですけど、癖になる色合いですよね…日が落ちた後のマジックアワーの終わりかけの色に似ているような気がします。