placebo

展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

楽しいことしてごめんなさい

はじめにお礼を

今日は有賀さんのお引き立てでたくさんの人にスープの記事を読んでいただくことができました。
本当にありがたかったです。来てくださった方、読者になってくださった方、★をくださった方、ありがとうございます。
基本的にこのブログは、読書、音楽、展覧会などの記事は調子がいい時に一気に3-5記事ほど書き溜めて推敲しながら蔵出しつつ、日々の気持ちの揺らぎが大きかった日はそちらも殴り書きで記事にしています。

なので、かなりテンションも内容もとっ散らかっていますが「日誌」ということでご容赦ください。


働いていないことへの罪悪感?

通院日がこんなに待ち遠しいのはかなり珍しいです。話したいこと、解決したいことだらけですし、ここで話が進まないと会社との縁が切れないんですよね…風の噂だと同期が2人辞めるのを機に労務担当が焦ってるらしいので、すんなり辞められるかちょっと心配です。

前回の不安ぶちまけ記事からさらに色々考え込んで感じたことをわーっと書き連ねていきます。

不安なこと・相談したいこと
・6月末で一応いったんの休職の診断書が切れる不安
・私のこの気持ちの揺れが病気なのかどうか不安
→よくある「〇〇は病気じゃないです」(例:五月病、「新型うつ」)を読むと、じゃあ自分の心のありようや頭が変なんだ、世間とずれてるんだって悲しい気持ちになってしまう。かといって病気だから仕方ない…とも素直に思えない。

・正直なところ適応障害ではなく発達障害由来の何かや別の病気なのではないか?と考えているけれど、病気になりたがりのような気がして気が引けてしまう。

傷病手当金がやっっと出て嬉しかったものの「いつまでも出るわけじゃないお金だからね」と夫に釘を刺されて焦る

・今後のことを考えると正社員だけど、またマネジメントまで手を広げたら壊れる予感が強い

・そういう予感を含めて今後の働き方を相談した人に「マネジメントはずっとついて回るから逃げてはいけない」「忙しい環境に身を置くから悪い、コントロールできないことにも責任がある」と言われて落ち込む

・でもうわーここで働いてみたいな…という出会い自体は立て続けに起きているので、叶うかどうか、働き続けられるかどうかもわからないけど挑戦してみたい気持ちは多少出てきた

・でもそれが本心なのか働かなくてはという焦りからそう思うのかは微妙なラインかもしれない

・罪悪感が今までよりも強い気がして、例えばちょっと派手な服を着て出かけるにも逡巡してしまう
(結局着て行くなら逡巡なんて意味ないんじゃ?と頭ではわかってるけどなんだか躊躇われてしまう)

楽しいことしてごめんなさい、という気持ちがかなり強いのはなんなのか…軽躁と鬱の繰り返し、なんでしょうか。
相変わらずいつもの「涙でいっぱいのたらいに顔面を突っ込んで呼吸が苦しくなる」状態が、場所や状況に限らず不定期にやってくるので困っています。

なんでこんなに脆弱になってしまったのか…なのに対面で友人に会ったり、接客してもらったりするとものすごくへらへらできてしまうのも嫌なんですよね。
寂しいから人と会おうとするのかもしれないですけど…ある程度優位性が保てる場所で構って欲しくてカフェに出かけている部分があるのは否定できないよなあとこの頃思います。

書類と通院曜日の都合で、月が変われば病院に行けます。
早く色々すっきりしたいです。