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展覧会の感想、適応障害で休職中の日々の日誌など。気持ちの揺らぎを見つめて自分のハンドリング方法を模索しています。

適応障害で休職してます⑥私にとっての「休む」を紹介します

そもそもの経緯。

前回は救急車で搬送された後だったのでちょっと開き直りモードでした。

現時点での私の「休む」はこんな感じです

今回は、ごく個人的な感覚ですが、私が現時点で「休めている」と実感できていることを書いていきます。

①どの役割にも属さない、純粋な個人として存在することを重視する

店舗社員でも両親の子供でも妻でもない、役割に属さないまっさらな自分になる瞬間を意識しています。
気分が落ちたときや調子が悪いときは常々布団に包まってしのいでいますが、これはまっさらな私個人を取り戻すために必要な時間なんだと思っています。
非生産的なんかじゃなくてメンタルを整えるために必要なステップです。

②やりたい、やれそうと思うことを否定しない

日によって強弱はありますが、適応障害でも私の中での「やりたい」はそれなりにあるのが事実です。

今日は自分の食べたい料理を作りたい、今日はメイクをして近所のカフェに行きたい、など、本当に日によって色々です。
「今日は何がしたい?」という自分への質問から1日を始められた日は、比較的調子がいい気がしますね。
ちなみに、質問してみても答えがない場合や、そもそも質問する気力もない場合は、①のまっさらタイムが必要な日だと判断しています。
そういうときは毛布に包まりたい日。

③無理のない範囲で誰かと会う、少し先の約束を入れる

この頃希死念慮とまではいかないですが、反射的に死にたいという感情が出始めたこともあり、意識的になるべく自分が楽しいと思える先の予定を入れるようにしています。

①とは少し矛盾しますけれど、やっぱり自分ひとりで考えこんで煮詰まったときは、誰かと会って話をする場を作ることでバランスをとるようにしています。

店舗勤務の頃は予定が合わせにくく、なかなかゆっくり友人と会う機会が作れなかったので、いまはせっかくだからと実際に会うとパワーがもらえる関係の友人とはどんどん会う約束をしています。

このブログを思い切って自分のTwitterに載せたことで「会おうよ」と言ってくれる友人といくつか先の約束ができました。嬉しかったですね!

体力的に無理のない範囲なら、お出かけしたっていいし、誰かと会うことで元気をもらったっていいんじゃないかな、と思います。

④心から楽しいと思えた時代に近いことをする

私の場合にとりあえずスッと思いついたのは以下の2つです。

・中高時代の部活(楽器演奏)
・大学時代の卒論を書いていた時期

楽器の演奏は無理のない範囲で続けています。
この4ヶ月近い間に、小編成で自分にとってプレッシャーのかかりすぎない演奏会に2回出ました。
③とも通じますが、極論、演奏会という目標がゲートキーパー的な存在になる日もあります。
なので私は先の予定を入れる方法が性格的に合ってるのかもしれません。

大学時代の卒論を書いていた時期は、特に美術について考えていた時期でした。
私の場合は、体調が悪くても、書きたい/学びたいという気持ちが常に自分を助けてくれると感じています。
なので、自分の気持ちさえ付いてくればいくらでも活動のチャンスがあるのではないかと思い、本格的に休職する少し前から美術についてのブログを書き始めました。

いまは展覧会や美術のことに関しては、大学時代のレポートを書くような気持ちでやっています。
なるべくしっかり誰かに読んでもらうに耐え得る内容を考えたり、調べごとをしているときは結構「休めてる」と思っています。

⑤気持ちを晒け出すことを意識する

これもまさにこのブログですね。
私には文章を書くことが気持ちの整理に役に立っています。

原型は、薬が適切なのかどうかや体調の変化を書き連ねている間だけは不安から逃れることができると気づいてから、手帳やメモに気持ちを殴り書きするようになったことです。

でもある時、その成果物としての文章を他の人にも読んでもらえれば、そこで自分の存在意義を確認できるのではないかと思い始めました。

病気で休職しているのにこうして精力的な瞬間があることを見せることに対して、ものすごく自分の中で罪悪感や抵抗感がある日もあります。
気持ちの揺らぎや体調の不安も、友人や夫も含めた世の中に見せるということは自分で決めましたけど、それがとても怖いという日もあります。

それでも④の理由で始めたブログが、結果的に

・自分の感情や日々の気づきを文章にして公開する作業
・自分の興味があることを学び形にする作業

という2つの意味で、私の助けとなっていると感じています。
感情に行き詰まったときは学びに、学びに行き詰まったときは感情に、というように2つの軸を行き来できることも大きいかもしれません。

【続いています】
ブログは続いていますが、感情の整理は難しい。